ももちゃん、またね。

ももこ,老猫との日々

 9月4日00:20、ももこが旅立ちました。


 おかしいな、と思ったのは8月31日。
 普段の何倍もよろよろとし、ものにぶつかる。トイレもうまく行かない。これは・・・このままではけがをする、と、あわててペットサークルをネットで購入。そこからはあっという間に体調が急降下していきました。

 9月2日、ふと抱き上げたときにうんちをしてしまい、お尻を拭き、おろしてあげると、そのまま横たわって立ち上がれなくなり、呼吸も鼓動も早くなって。夜だったのですが、主治医の先生が駆けつけてくれ、「お守り」として、痙攣をとめる座薬をいただく。先生が帰ったあと、ももこは少し落ち着いたようでホッとしたのもつかの間。翌日からは、痙攣の一種なのか一日中手足をこぎ続ける仕草が止まらなくなりました。いただいた座薬を使いながらも、それ以上何もしてあげられることがない。

 9月3日に、やっと届いたペットサークル。組み立てて、その中にももこを入れてあげる。もう一歩も歩くことができず横たわるだけとなってしまっていたももこ。他の3匹がちょっかいをかけることもないためサークルは必要なかったのだけど、せっかくだから、おうちみたいにいれてあげることにした。じっと見守るだけしかできないのがもどかしい。ももこのおむつをとってやると、ピンク色のおしっこ。明らかな血の混じったもの。あわてて先生に連絡すると、もう見守るしかないとけれど、少しでも苦しくないよう、痙攣を止めるお薬を輸液にいれたものを、今日来てもらえたらお渡しできます、と言ってくださって、夫は仕事を早上がりさせてもらい、病院で受け取り帰ってきてくれた。

 たぶん夫も私も、ももこの残された時間があとわずかだということを、わかっていたのだと思う。覚悟をしないといけないということも。でも、あきらめられるものではなくて、あと少しだけ、もう少しだけ一緒にいたいという祈るような気持ちで、いただいた輸液をももこにいれてあげることに。

 ほどなくして、手足の痙攣がなくなり、しずかに呼吸しながら、じっと動かなくなったももこ。やっぱり様子を見るしかできなく、夫と交代交代で起きていようと、先に私はすこし仮眠をと寝室へ。
 しばらくして、夫が飛んできて、「ばあば(ももこ)、息をしていない」。それが、9月3日の夜中、4日になったばかりの0時すぎのこと。


 数日間痙攣に苦しんでいた(先生曰く、朦朧とした状態)ももこは、最期、本当にほっとしたような、やさしい顔になっていた。ふにゃふにゃになっていたけど、抱き上げるとまだあたたかくて、生きているみたいで。


 明らかな体調の変化に気づいてから亡くなるまでがあっという間で、心が追いつかないままです。ですが、夫婦揃って、ももこと最後の時を一緒に過ごすことができて本当によかったと思っています。
 ももこを大好きでいてくださった皆さま、本当にありがとうございました

 2015年の8月末に、早稲田から、当時横浜に住んでいた私たちの家にやってきて、それから八戸へ。やってきたときにすでに13歳くらいと言われ、エイズもちだったにもかかわらず、それから6年間も生きてくれて感謝しかないなぁ。特に八戸の先生に診ていただいてからは、どんどんよくなってきて、点滴こそ欠かせなかったけれど、よく食べよく怒りよく寝、表情もコミカルになってきて、我が家のアイドルでした。

 しばらくずっと寂しいと思うけれど、大事な思い出とともに、これからもずっと一緒です。

 悲しい気持ちが続くものの、思い出すのは、ももこの毛並みや、ムームー怒っているところや、こたつで幸せそうに眠っている姿。こんなに長く生きてくれて本当にありがとう。

 ちいた、トラ、パンとも、絶妙な距離を保ちつつ、みんなで過ごした毎日、たのしかったなあ・・・。
 3匹も、本当にありがとう。そしてこれからも頼むよ。(ダイエットしような)

またね、ももちゃん。